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[纪录片] NHK特别节目 冲绳与核20170910[日语字幕]

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发表于 2017-9-10 21:20:18 | 显示全部楼层 |阅读模式
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0:00:13 → 沖縄の美しい海に面した 高台に建つ
0:00:18 → 奇妙な形の建物
0:00:23 → ここは かつて
0:00:26 → アメリカ軍の核ミサイルの発射基地でした
0:00:38 → 今回 初めて 建物の中に テレビカメラが入りました
0:00:51 → コンクリートの廊下が 迷路のように 奥へと続きます
0:01:03 → 沖縄が アメリカの統治下にあった 1960年代
0:01:10 → ここは 共産圏に対峙する アメリカ軍の最前線基地でした
0:01:19 → 当時 ここで撮影された写真です
0:01:25 → 広島に落とされた原爆の
0:01:28 → およそ70倍の威力を持つ核ミサイルが 配備されていたのです
0:01:39 → この基地で任務に就いていた
0:01:44 → 当時の事を 初めて証言しました
0:02:03 → 本土復帰前の沖縄に置かれていた 核兵器
0:02:08 → その詳細は 軍事機密とされ 明らかにされてきませんでした
0:02:16 → 今回 私たちは 未公開映像や機密文書など
0:02:21 → およそ1,500点を入手しました
0:02:30 → そこから明らかになったのは
0:02:33 → 世界最大級の核拠点となっていた 沖縄の
0:02:38 → 危機的な実態でした
0:02:44 → 那覇の基地では 核弾頭を搭載したミサイルが
0:02:48 → 誤って発射される事故が発生
0:02:51 → 元兵士が 初めて その詳細を明かしました
0:03:09 → 更に 沖縄が
0:03:12 → 核戦争による破滅の瀬戸際に 立たされていた事も
0:03:16 → 浮かび上がってきました
0:03:20 → 米ソの対立が 頂点に達した
0:03:28 → その時 沖縄の核ミサイルの状態を示す 表示は 「HOT」
0:03:36 → 共産圏に向けて 発射寸前になっていたのです
0:04:01 → 東西冷戦が激しさを増す中
0:04:05 → 沖縄は 核の島となっていきます
0:04:09 → 配備された核兵器は 最大で
0:04:13 → 1,300発に上ったのです
0:04:20 → これまで ほとんど 光が当てられる事のなかった
0:04:25 → 沖縄と核の深いつながり
0:04:30 → 機密資料と新証言から 明らかになった
0:04:34 → 核の島 沖縄の真実です
0:04:52 → 沖縄に 核兵器が 配備される事になったのは
0:05:00 → その影響を 直接 受ける事になった島
0:05:04 → 伊江島です
0:05:10 → 戦後 置かれてきた アメリカ軍の基地が
0:05:14 → この年 突如 拡大される事になったのです
0:05:23 → アメリカ軍は 目的も明らかにしないまま
0:05:27 → 僅かな補償金で 住民の立ち退きを要求
0:05:36 → 拒否した住民の家を ブルドーザーで破壊し
0:05:40 → 畑は ガソリンで焼き払いました
0:05:51 → 今回 私たちは この土地接収が
0:05:55 → 核戦争を想定した訓練のために 行われた事を
0:05:59 → 初めて突き止めました
0:06:05 → アメリカ・アラバマ州にある
0:06:20 → 2か月に及ぶ交渉の末
0:06:23 → 沖縄における 空軍の活動を記録した資料が
0:06:26 → 開示されました
0:06:37 → 伊江島で行われていた
0:06:40 → 爆撃訓練についての内部文書です
0:06:59 → ここで
0:07:10 → 空軍が 内部向けに制作した映像です
0:07:15 → LABSとは 核爆弾を投下する 最新の爆撃法でした
0:07:22 → 高性能化する ソビエトや中国のレーダーを かいくぐるため
0:07:27 → 戦闘機が 低空で侵入
0:07:31 → 急上昇して 核爆弾を投下する方法です
0:07:49 → アメリカ軍が撮影した 伊江島の航空写真
0:07:55 → 島の北西部
0:07:57 → 住民の土地を接収した場所に
0:08:00 → 巨大な標的が出来上がっています
0:08:04 → ここで 模擬核爆弾を使った LABSの訓練を行っていたのです
0:08:17 → 伊江島で 訓練を繰り返していたという
0:08:20 → 元兵士が見つかりました
0:08:23 → ハロー! ハロー!
0:08:27 → ナイス トゥ ミート ユー
0:08:41 → LABSの訓練は 常に 実戦を 想定したものだったといいます
0:09:17 → 背景にあったのは アメリカの核戦略の転換でした
0:09:23 → 元軍人で 大統領に就任した アイゼンハワー
0:09:30 → 核兵器を 積極的に 活用する方針を打ち出し
0:09:35 → 沖縄に着目しました
0:10:00 → このころ 米ソの熾烈な 核開発競争が始まっていました
0:10:13 → 1953年 ソビエトは 初めて水爆実験に成功したと発表
0:10:26 → アメリカは ソビエトの影響を受けて台頭する
0:10:30 → 極東の共産主義勢力と 対立を深めていました
0:10:38 → 南北に分断された朝鮮半島では 北朝鮮と戦争状態にありました
0:10:51 → 台湾への圧力を強める 中国共産党とも
0:10:55 → 緊張が続いていました
0:11:02 → アメリカは 朝鮮半島や台湾に近い沖縄を
0:11:07 → 核戦略の拠点としたのです
0:11:18 → 核は 今につながる 沖縄の原型を形づくりました
0:11:35 → 1950年代末 沖縄に移転してきた海兵隊
0:11:42 → 上陸作戦などを任務とし
0:11:45 → 現在 沖縄のアメリカ軍基地の およそ7割を占めています
0:11:55 → 今回の取材で 海兵隊が 沖縄に基地を求めた背景に
0:12:01 → 核兵器の存在があった事が 明らかになりました
0:12:08 → 新たに見つかった 海兵隊の内部文書
0:12:13 → 司令官が 今後の戦略を示していました
0:12:45 → 当時 海兵隊は ほとんどが
0:12:48 → 山梨や岐阜など 日本本土に駐留していました
0:12:58 → 海兵隊は 本土に
0:13:01 → 核ロケット砲 オネストジョンを 配備する事を計画します
0:13:14 → しかし この直前 アメリカが ビキニ環礁で行った水爆実験で
0:13:20 → 日本の漁船員が被爆
0:13:26 → 国民の間に 強い反核感情が広がっていました
0:13:32 → 海兵隊は 本土での核兵器配備を 諦めざるをえませんでした
0:13:46 → 海兵隊は アメリカの統治下にあった 沖縄に着目
0:13:52 → 1950年代末 沖縄本島北部に 新たな基地を確保します
0:14:01 → アメリカ軍の基地面積は 一気に倍増し
0:14:04 → 本島の¼を 占めるまでになりました
0:14:12 → 今回 新たに発見した映像
0:14:16 → 表題に「オネストジョン オキナワ」と 記されています
0:14:25 → 本土で配備を諦めたオネストジョンを 沖縄に持ち込んだ海兵隊
0:14:33 → 沖縄の新たな基地で
0:14:37 → 核弾頭の使用を想定した訓練を 繰り返していたのです
0:15:15 → 沖縄の人々は 何も知らされないうちに
0:15:20 → 核兵器と隣り合わせの暮らしを 強いられる事になりました
0:15:35 → 海兵隊が移転してきた当時 住民の代表機関 琉球政府で
0:15:42 → アメリカ軍と基地問題を交渉する 責任者でした
0:16:12 → 米ソが 核開発競争にしのぎを削る中
0:16:16 → ソビエトが いち早く
0:16:18 → 大陸間弾道ミサイルの技術を 獲得します
0:16:31 → 今回 入手した文書からは 沖縄のアメリカ軍が
0:16:36 → ソビエトからの核攻撃に 危機感を募らせていた事が
0:16:40 → 明らかになりました
0:17:10 → アメリカが 最も恐れたのが
0:17:14 → 核兵器を貯蔵していた 弾薬庫への攻撃でした
0:17:24 → 最大規模の
0:17:29 → 東京ドーム およそ600個分の 広大な敷地に
0:17:33 → かつて 沖縄に配備された核兵器の 大半が貯蔵されていました
0:17:49 → この弾薬庫を守るために 配備された 新たな核兵器
0:17:57 → 敵の攻撃機を打ち落とす 迎撃用の核ミサイルです
0:18:10 → 地上のレーダーによって 正確に 目標へと誘導する事ができました
0:18:23 → 嘉手納などの弾薬庫を 取り囲むように
0:18:26 → 8か所にナイキを設置
0:18:30 → 核によって 核を防衛する 態勢が整えられ
0:18:34 → また 基地が 拡大していったのです
0:18:46 → 配備されたばかりのナイキが
0:18:49 → 大惨事につながりかねない事故を 起こしていた
0:18:52 → 今回 その詳細が 初めて明らかになりました
0:19:08 → 独自に入手した ナイキを 運用していた部隊の日報です
0:19:34 → 一体 どんな事故だったのか
0:19:43 → 3か月に及ぶ取材の末
0:19:46 → 事故を起こしたナイキの部隊にいた 元兵士が見つかりました
0:20:04 → 事故について 初めて語る事を決断し
0:20:07 → 取材に応じました
0:20:13 → 核弾頭の整備に当たっていた という レプキー氏
0:20:17 → 事故が起きたのは 訓練の最中だったといいます
0:20:46 → レプキー氏の証言から 事故の状況を再現しました
0:21:03 → 事故は 人口が集中する 那覇に隣接した基地で起きました
0:21:09 → 今の那覇空港がある場所です
0:21:18 → 発射に備える訓練の際 1人の兵士が操作を誤ったため
0:21:24 → 突然 ブースターが点火
0:21:30 → ナイキは水平に発射され そのまま海に突っ込んだのです
0:22:08 → アメリカ軍は 核に関する事故を
0:22:12 → 徹底して隠蔽しようと していました
0:22:17 → 今回入手した 軍の内部文書です
0:22:48 → 軍は 海に沈んだナイキを
0:22:52 → ひそかに回収していったと いいます
0:22:58 → 核兵器に関する事故であった事が 知らされる事は 一切なく
0:23:03 → 事実は 隠されたままと なっていたのです
0:23:53 → 当時 日本本土では 高度経済成長の中
0:23:57 → 平和と繁栄を享受していました
0:24:01 → その陰で 核は沖縄に集中し 固定化していく事になります
0:24:11 → それを決定づけたのが
0:24:14 → 1960年に締結された 日米安全保障条約です
0:24:25 → 条約とともに 核兵器についての 取り決めがなされました
0:24:32 → アメリカが 日本国内に 核兵器を持ち込もうとする場合
0:24:38 → 事前に協議をする制度
0:24:41 → 国民の反核感情に配慮し
0:24:44 → 核の持ち込みに 歯止めをかけようとしたのです
0:24:52 → 一方で 当時の総理大臣 岸 信介は
0:24:57 → アメリカの核が 抑止力として
0:25:00 → 日本の安全保障に不可欠だと 考えていました
0:25:09 → この矛盾の中で 日本が至った結論
0:25:14 → 外務省に 当時の内部文書が 残されていました
0:25:24 → 将来的に 沖縄返還を 見据えていた日本ですが
0:25:30 → 核持ち込みの 歯止め
0:25:33 → 事前協議制度には
0:25:35 → 「沖縄を含まない」としました
0:25:41 → そして 「沖縄の米軍施設には
0:25:45 → 我方は干与せざる立場を 堅持する」として
0:25:50 → 沖縄に 核を置く事を黙認したのです
0:25:59 → 日米安全保障条約成立の結果 本土には核を配備せず
0:26:06 → 沖縄のみに核を置き
0:26:08 → その抑止力に依存する仕組みが 出来上がったのです
0:26:21 → 核が沖縄へ集中していく中
0:26:24 → 住民を巻き込む 悲劇が起きていた事も
0:26:27 → 分かってきました
0:26:30 → アメリカ軍が土地を接収し 爆撃場を作った伊江島です
0:26:40 → このころ 低高度で侵入し
0:26:43 → 核爆弾を投下するLABSの訓練が 更に激化していました
0:26:52 → 今回 新たに見つかった 当時の伊江島の写真です
0:26:59 → 集落のすぐ上を 戦闘機が かすめ飛んでいます
0:27:11 → 住民が その状況を語った 当時の音声も見つかりました
0:27:43 → 民家のすぐそばに落ちてくる 模擬核爆弾
0:27:49 → しかし 住民は 何の訓練が行われているのか
0:27:54 → 知る由もありませんでした
0:28:04 → こうした中 事故が起きました
0:28:10 → 空軍の爆撃訓練の記録です
0:28:34 → MD-6は 水爆の投下訓練に使われる 模擬核爆弾でした
0:28:47 → 亡くなった
0:28:54 → 模擬弾の爆発に巻き込まれ 即死だったといいます
0:29:05 → 生後9か月の娘を抱え
0:29:09 → 残された妻 ツネ子さんです
0:29:12 → 事故直後 アメリカ軍に宛てて
0:29:16 → 手紙を書いていました
0:29:53 → 事故当時 生後9か月だった娘が 沖縄本島で暮らしていました
0:30:00 → こんにちは
0:30:11 → こんにちは どうぞ どうぞ どうぞ
0:30:17 → 京子さんは 父が亡くなった事故の背景に
0:30:21 → 核兵器の訓練があった事を 初めて知りました
0:30:35 → じゃないんだ あっ そっか
0:30:54 → 本当に 本当に
0:31:16 → 1960年代に入ると アメリカは 更に強力な核兵器を
0:31:23 → 沖縄に配備していきます
0:31:31 → 射程2,400キロ
0:31:34 → 広島型原爆の およそ70倍の威力の 核弾頭を搭載した 核ミサイルです
0:31:48 → アメリカ軍は メースBが 核兵器である事は伏せて
0:31:53 → 配備計画を発表 基地の建設に乗り出します
0:32:03 → しかし 基地建設のために雇われた 沖縄の人々の間で
0:32:09 → メースBが核兵器ではないかと うわさが広がります
0:32:19 → やがて 沖縄の新聞も アメリカでの取材を基に
0:32:24 → メースBを核ミサイルとして 報じるようになります
0:32:34 → 沖縄に 核兵器を置かせない
0:32:38 → 琉球政府の議員たちは 配備中止を求めて
0:32:42 → 日本政府に協力を要請しました
0:32:50 → 沖縄の声を 日本政府は どう受け止めたのか
0:33:01 → 当時の外務大臣 小坂善太郎と
0:33:04 → アメリカ国務長官 ラスクの会談の記録が 残されていました
0:33:15 → 小坂が懸念していたのは 沖縄の世論の高まりでした
0:33:42 → これに アメリカ側は反論します
0:34:21 → バカにしてるね
0:34:25 → メースBの配備中止を求めていた
0:34:29 → 元琉球政府議員の 古堅実吉さんです
0:34:33 → 今回 初めて 日本政府の対応を知りました
0:34:38 → 「なぜ止めないかといって
0:34:41 → 日本政府が責められる 結果となる」
0:35:17 → 1962年 沖縄の人々の要請は無視され
0:35:23 → 4つのメースB発射基地が 完成します
0:35:31 → 沖縄から 敵国を核ミサイルで攻撃する態勢が
0:35:36 → 整えられたのです
0:35:43 → アメリカの核拠点として ますます強化されていく中
0:35:48 → 沖縄が 核戦争の瀬戸際に 立たされていた事が
0:35:53 → 浮かび上がってきました
0:36:13 → 1962年に起きた キューバ危機
0:36:18 → ソビエトが ひそかに アメリカの喉元 キューバに
0:36:23 → 核ミサイルを 持ち込んでいたのです
0:36:32 → 米ソは一触即発となり 核戦争の恐怖が広がりました
0:36:44 → 沖縄の メースB発射基地 緊迫した空気に包まれていました
0:36:58 → 当時 メースB基地で 任務に当たっていた
0:37:02 → ロバート・オハネソン氏 74歳です
0:37:17 → 基地の跡地を 半世紀ぶりに訪れました
0:37:42 → 初めて テレビカメラが入った 基地の内部
0:38:06 → キューバ危機の際 オハネソン氏は 司令室で 任務に当たっていたといいます
0:38:16 → 最高機密だった その室内の写真を入手しました
0:38:26 → 攻撃目標を入力する装置
0:38:31 → トップ・シークレットとあります
0:38:35 → メースBが どこを狙っていたのかは
0:38:39 → 発射に関わる一部の兵士だけが 知る情報でした
0:38:50 → オハネソン氏は その情報を知る一人でした
0:39:13 → 長く 友好関係を保ってきた
0:39:16 → ソビエトと中国
0:39:18 → アメリカは 一体の敵と見なしていたのです
0:39:28 → ソビエトへの攻撃の際には 同時に沖縄から中国を攻撃する
0:39:37 → 沖縄の核は 世界を巻き込む
0:39:41 → 全面戦争の引き金となる可能性が あったのです
0:39:49 → アメリカ軍は この時 史上初めて
0:39:54 → 核戦争への準備を意味する DEFCON2を宣言しました
0:40:37 → メースBの準備状況を伝える表示は 「HOT」
0:40:42 → いつでも発射できる態勢が 整っていたのです
0:40:56 → 沖縄の ほかの部隊にも 緊急の命令が下されました
0:41:02 → 嘉手納の核弾薬庫で 任務に当たっていた
0:41:09 → 当時の指令書を 今も保管していました
0:41:34 → この時 カーペンター氏は 核兵器に搭載するプルトニウムを
0:41:39 → 韓国の空軍基地に 輸送したといいます
0:41:46 → 沖縄は 緊急時に 日本本土や韓国に
0:41:50 → 核兵器を供給する拠点と なっていたのです
0:42:28 → 当時 カーペンター氏は
0:42:30 → 沖縄で出会った良子さんと 結婚し
0:42:33 → 3人の子どもと共に 嘉手納基地で暮らしていました
0:42:44 → 危機が迫っている事を 家族に知らせる事もできずに
0:42:49 → 任務に当たっていた苦悩を 打ち明けました
0:43:44 → 核戦争の危機は 土壇場で回避されました
0:43:52 → しかし 沖縄は この時 確かに 破滅の瀬戸際にあったのです
0:44:07 → キューバ危機のあとも なお 沖縄の核兵器は増加していきます
0:44:17 → 1967年 ピークを迎え
0:44:21 → その数は およそ1,300発に上ったのです
0:44:31 → このころ 沖縄では
0:44:34 → 核兵器の撤去と 本土復帰を願う声が高まり
0:44:38 → 日米両政府も それを 無視できなくなっていました
0:44:49 → 1969年 総理大臣 佐藤栄作と アメリカ大統領 ニクソンは
0:44:57 → 沖縄返還で合意
0:45:00 → 核兵器の撤去も 約束されました
0:45:09 → この ひとつき後 アメリカ軍が メースBを撤去している映像です
0:45:18 → 沖縄の人々が求めていた 核の撤去を アピールしたのです
0:45:29 → しかし 沖縄返還と引き換えに
0:45:33 → 佐藤とニクソンの間で いわゆる 核密約が結ばれていた事が
0:45:38 → 明らかになっています
0:46:10 → 今回 私たちは 核密約に深く関わった人物に
0:46:15 → 話を聞く事ができました
0:46:19 → 当時の国防長官 メルビン・レアード氏です
0:46:27 → レアード氏は 去年11月 94歳で死去
0:46:33 → その2か月前 私たちの 電話インタビューに応じていました
0:46:46 → グッド アフタヌーン
0:46:51 → イエス
0:46:53 → レアード氏は 核密約の背景を こう語りました
0:47:50 → 本土復帰から 45年
0:47:55 → 沖縄には 今も アメリカ軍専用施設の 7割が集中したままです
0:48:05 → アメリカ国防総省は 取材に対し
0:48:10 → 「沖縄における 核兵器の有無については
0:48:14 → 回答しない」と答えました
0:48:18 → 一方 外務省は いわゆる 核密約について
0:48:22 → 現在 無効だとし 核兵器の持ち込みに関しては
0:48:28 → 非核三原則を堅持し
0:48:30 → いかなる場合にも これを 拒否する方針を示しています
0:48:40 → 本土復帰前 沖縄の核兵器の大半が 貯蔵されていた
0:48:53 → 今も 当時と 大きく変わらない規模を
0:48:57 → 維持しています
0:49:08 → かつて 日米の思惑のもと
0:49:13 → 核の島とされていた沖縄
0:49:18 → 抑止力の名の下に 基地は残され
0:49:22 → 今なお 重い負担を 背負い続ける現実は
0:49:28 → 変わらぬままです

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